服も車も、装飾なんてあるからゴミになるんだ。でもそうじゃなきゃ、時代は進まない。
私が公立中学校へ転校した中学二年生の時、私は確かにキモヲタだった。
どれくらいかというと、う⚫︎プリの筆箱を使い、アニメキャラのあしらわれたリュックで学校に通っていたぐらいだ。
そう、キモヲタ。そしてデブ。そしてキモい。醜悪という言葉が似合う人間だった。
初日からクラスメイトのキモヲタに対する対応は厳しかった。
先生に呼ばれ、教室のドアを開けると空気が固まった。
そりゃそうだ。
私の肩からは初⚫︎ミクがチラリしているのだから。
あたし「 …私立から来ました、たなかです。よろしくお願いします」
それだけ言うと、先生はさっさと自己紹介を終わらせて、一番後ろの席を指した。
そこを目指して巨体は健気にも動き始めた。
が、東京は土地が狭い。
ゆえに、教室が狭い。
つまり、席と席の間隔が狭い。
つまり、通れない。
規格外の大きさの私の体は席の間を席を傷つけずに通ることができなかった。
お腹で、あるいはお尻で、両隣の机を跳ね飛ばしながら、やっと自分の席にたどり着いた。
やっと休めると椅子に腰を下ろすと、みんながまるでUMAでも見つけたような目線をこちらに向けていた。
私はなにか面白いことでもしたほうが、これから先やりやすいかと思って、
机の上に突っ伏したかと思うと、急に頭を起こすという、奇怪すぎる行為を何回も高速に繰り返した。
頃合いを見て、その異常なヘドバンをやめて辺りを見渡すと、誰一人笑っていなかった。
ただ、UMAを見つけた時のような目線から、連続殺人犯に追い詰められた時のような目線に変わっていただけだった。死にたかった。
そのような私の必死な行動のおかげかどうかはわからないが、よくある休み時間に転校生の周りを質問攻めにしにくる生徒たちの行動というのは一切見られなかった。
ただ、私をチラチラ見ては訝しげに眉を潜めてみんなで話している姿だけ確認できた。
「おうち 帰りたい」
私の脳内はその言葉で埋め尽くされていた。
初日から失敗を感じた私は適当に腹痛とか理由をつけて早退してしまおうかと考えた。
でも保健室の場所がわからなかったので、5時間目まで授業を受けた。
ここで、無断でお家に帰らなかった辺りでわかるように私はチキンなのである。
でも、そんな私に一筋の光が差し込んだ。
学校も終盤に近づいた頃、一人の女学生が私に声をかけてきたのである。
女学生「ねぇ、う⚫︎プリ好きなの?」
あたし「え?ああ、はい、そうですね…」
長い引きこもり生活のせいで、同年代との話し方を忘れていた私は、敬語でしか話せなかった。
女学生「誰が好きなの?」
あたし「…(ここで、本命を言うべきか?
いや、本命は人気がない。
=つまり、会話が終わってしまう。
よし、それなら否が応でも王道で一番人気のある来⚫︎翔にかけるべきだな)
翔ちゃんですかね!」
女学生「やった!あたしもなの!!翔ちゃんかわいいよね!!よかったー、仲間がきて!」
あたし「ね!天使かと思いましたよ!
(当たったな…)」
女学生「他に好きなアニメってあったりする?」
あたし「…(こいつ、う⚫︎プリ好きってことは、乙ゲー厨か?
それとも腐女子か?
それともただのアニヲタ?
ここであからさまな腐女子アニメを出しては察さられる場合があるが…腐女子だったらあえて提示したほうが距離感はぐっと縮まることは確か…。
賭けてみるべきか…?
それとも安全牌をとって、3種類にアニメを並べてみるか…)
他には、ブラコンとかバカテスとか、黒バスとかですかね!」
女学生「本当!?バカテスは知らないけど、他の二つは好きだよ!グッズたくさん持ってるし!
うわー、嬉しい!あたしはね、他にはと⚫︎るとか、Fr⚫︎e!、⚫︎物語とか!」
あたし「…(むむ?
有名どころしか言わない…?
これはもしかして…)
ああ、ワタ⚫︎てとかは?」
女学生「なにそれ知らなーい」
あたし「…(わかったぞ、こいつはファッションヲタクだッッッッ!!!!!)」
・・・絶望っ!!
圧倒的絶望っ・・・・・!!
高度な心理戦を経て、得た結果はこれ・・・!!!
私は、やっと出会えた理解者の薄っぺらさに気づいて、なんだか一気に興ざめしてしまった。
それでも当時の私には、薄っぺらくともアニメの話をできる友人、というか学校での友達は一人でも欲しかった。
だから振り切ることなどせずに、私は頑張って今期アニメの見解について述べた。
それが、彼女にとって楽しかったかどうかは知らない。
次の日、学校に行くと、彼女は普通におはようと言ってくれたので、その日1日は彼女にべったりくっついて、色々な話をした。
彼女の名前はよさだという。
日本で5ぐらいしかないという珍しい苗字を持っていた。
私とよさだはすぐに仲良くなった。
そう、冬のコミケを三日間全て一緒に行くぐらいにね…。
結論から言うと、
よさだと行くコミケは地獄だった。
事の発端は些細なものだった。
よさだ「 コミケいかない?」
あたし「行く行く!なんか知らねーけど行く!」
よさだ「三日間フルで、ドタキャンしたら10万払うこと!」
あたし「任せろって!☆〜(ゝ。∂)」
私はコミケというものはどこか遠い国でやってるものだと思っていた。
その時まで、ビッグサイトでやっているなんてことすら知らなかった。
けど、その場でノリで生きている私は、適当に了承してしまった。
(コミケの初日のすぐに自分の生き方に死ぬほど後悔した)
深夜の2時にスタ爆された私は、若干キレながら用意を整えた。
マンションの下に迎えの車できていたので、私は早急に準備をしなければとほとんど軽装でコミケに向かった。
長袖一枚にコート一枚とかそんなレベルだった。
だけど、車の中はあったかくて、一切の寒さを感じなかった。
私は地獄へと進むこの車のシートにもたれかかって、深夜の高速道路を眺めていた。
東京ビッグサイトについて、よさだが意気揚々と降りたのに続いて私も外に出ると、瞬間凍てつくような寒さの風が私の身体を襲った。一瞬で今日死ぬとわかった。
あたし「寒さが異常」
よさだ「そりゃそうだよ。なんでそんな軽装できたのww」
あたし「完全寝ぼけてた…」
聞くと、よさだはダウンを二重に着て、全身にカイロを貼っているそうだった。
ふざけんな、あらかじめ言っとけよ。と、すこしだけ怒りそうになったが、寒さで怒るとかそれどころじゃなかった。
冷たいアスファルトの上に知らない人たちにぎゅうぎゅうに挟まれながら座り込んで、これから6時間待つという苦行に私は耐えなければならなかった。
あたし「なんでこんなんに並ばなあかんねん…あったかいポトフが食いてぇナァ…」
よさだ「え、並ぶの楽しいじゃん!みんな仲間って感じ! ほら、あの人毛布ゆ⚫︎ゆり!あたしもあれもってる!」
あたし「(だめだこいつ…)」
そうだった。
よさだはファッションヲタクだから、ヲタクっぽいことをすればするほど燃え上がるんだった。
だからわざわざ、こんな張り切って並ばなくても…なんて言葉はもうこいつの前では無駄だと思った。
ちなみに私はこのころ、アニメにほとんど興味がなくなっていた。
(よさだとの出会いからおよそ半年以上もの月日が流れた頃の話である。)
もっぱらアニメよりジ⚫︎ニーズで、増⚫︎くんにキャーキャー言っていた。
だからコミケになんの目的もなかった。
よさだのお守り以外コミケですることはなかった。
よさだ「スタッフの名言聞きたい!コミケスタッフまじ面白いんだって!」
あたし「はいはい…」
私はこれから6時間、耐えた。
寝たら死ぬ、寝たら死ぬと何度も自分に言い聞かせた。
これまでの人生を思い返して一人感傷に浸ったり、増⚫︎くんと結婚する妄想をしたりして時間をやり過ごしていた。
最終的に腕の感覚がなくなって、瞑想してる修行僧のように固くまぶたを閉じて終わりをまつようになっていた。
やがて、日は昇る。
その言葉の意味を体をもってして感じたのはその日が初めてだった。
私は、マイナスにも近いその気温の中、生命の危機を感じながらも、なんとか峠を乗り越えた。
朝日が昇る姿に、有難うとつぶやくことなんてこれまでもこれからもきっとないだろう。
太陽が出ると、指の感覚がなくなっていた右手も少しずつ解凍されたように自由に動くようになった。
震える手で、スマホを見ると、時刻は4時だった。
おいちょっと待て、嘘だろ。
まだ2時間しか経ってねぇじゃねぇかふざけんな。
これを、あと2回やるのか?
耐えられない、マジで耐えられない。
でも、10万払うのはもっと嫌だ。(素直な子なんです)
ずっとそんな自問自答をし続け、時刻が10時近くなった頃、列が微妙に動き始めた。
コミケがもうすぐ始まるのか。
終わりだ。
途方もない時間の中、やっと見えてきた終わり。
私は嬉しくて嬉しくて、今にも飛び跳ねそうだった。
やっとコミケ会場に入ると、人が我先にと進んでいった。
よさだ「はい、たなかは企業ブース行ってきて!私はサークルまわるから。はい、お金渡すからパンフの丸ついてるとこ回ってきて!」
あたし「ひぇ…」
よさだ「ほら、はやく!お釣りはあげるから!15時にコスプレ広場で待ち合わせね!じゃ!」
あたし「嘘だろ…」
15時ということは、最低あと5時間はここにいなきゃいけないってことか。地獄か。
だけど、私は握りしめされた5万をみて、お釣りの言葉を思い出しながらしぶしぶ企業ブースを回った。
まず最初に、超人気ブースでる京⚫︎ニに行った。まだ開いて間もなかったためか、100人ぐらいしか並んでおらず案外簡単にメガネ水泳野郎のクッションを買えた。
次はブ⚫︎ッコリーだった。さすがというべきか、う⚫︎プリを主軸としているブ⚫︎ッコリーは集客力が異常だった。
ブースから遥か先に掲げられた最後尾の看板にめまいすら覚えた。
あたし「嘘だろ…」
今日何回目になるかわからないため息をついて、ブ⚫︎ッコリーのブースに並んだ。
イヤホンを耳に詰めて、ミスチルを聞く。
こういうときはミスチルがいいんだ。
社会は理不尽で、そんな理不尽さを歌ってくれるのがMr.Childrenだと、お父さんが言っていたから。
そして、なんとか物を買えたのは、お昼時を過ぎた頃だった。
残金は2万ちょっとだった。
まだ全然余裕じゃんと思った私はウキウキステップで次のブースに向かった。
あたし「うそやん…」
次のブースについて、買うようメモられた商品の合計は1万9千円だった。
ここまで散々人ごみにもまれて使いをして千円だけが私の手持ちになるなんて割に合わない。ふざけんな。
キレた私は、もう誰にも止められなかった。
よさだから渡されたお金とは別に2万円を持っていた私は、そのお金で手当たり次第にアニメグッズを買って回った。
怒りは人を狂わせる。
気づけば、見たことも聞いたこともないようなゲームのグッズを買っていた。
家に帰って死ぬほど後悔したことは言うまでもない。
よさだのご所望したすべてのグッズを揃えて、コスプレ広場にてよさだを待ったが、10分経っても30分過ぎてもよさだは現れなかった。
大方、大行列に巻き込まれてるんだろう。
そう思った私は一人、ベンチの上に座り込んで世界平和について考えていた。
結局、よさだが現れたのはそれから2時間後のことだった。
あたし「遅かったね」
よさだ「ごめんごめん、本当は15:30に終わってたんだけどもう一個いけるかなって並んじゃってさ〜」
うん、殺意しかわかなかった。
そんな私の心を察してかよさだは無邪気な笑顔で、「じゃ、帰ろか」と言ってきた。
私はやっと帰れるということに、怒りより先に喜びが出てしまって、よさだに怒るタイミングを逃してしまった。
アニメの紙袋大量に肩に引っ掛けて、よさだの車に乗り込んだ時、シートのやわらかさに非常に安心した。
俗世に戻ってこれたような、そんな気がした。
それからよさだの車で家まで送ってもらって、お家に帰ると、私は死んだように眠った。
今までの疲れをすべて払い落とすかのように、幸せに眠り続けた。
まさか、また深夜2時にスタ爆によって起こされるなんてつゆ知らずに…。